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2021.8.12

人余りで移民を進めた日本

日系(外国)人

東京2020のオリンピックでは、他国代表選手に日本人由来の名前を持つ選手がいました。単に国際結婚した両親から生まれた方もいますが、その昔、他国に移り住んだ日本人の子孫に当たる方もいるようです。

日本では、明治維新以降急激に人口が増えました。同時に当時の多くの農民が、地租による税負担に苦しみ、農地を強制処分されたりし、農村部を中心に余剰労働力が生まれました。
日本は、国外市場の拡大と、余剰人口の受け皿を目的として、「殖民協会」を設立して海外移民を進めました。

ハワイ移民に始まり、メキシコ、ペルー、ブラジル、フィリピンなど多くの国へ移民が広がりました。

残念ながら、日本での募集内容と大きく異なる現地の環境のため大変な苦労を強いられた様です。それでもたくましく生き抜いた方は、現地で生活基盤を築かれました。

ペルーへの移民では、募集内容を大きく下回る稼ぎと苛酷な環境の上、コレラやマラリアに感染し、そんな農場から逃げ出して都市部でサービス業などに就いた方や、若い男性の中には、ゴム景気に沸いていたアマゾン川流域のプランテーションで一攫千金を目指した方もいました。

しかし、第二次世界大戦が始まると、敵国である日本から来た日本人だとして、財産没収、米国収容所への強制移送をされるなどし、これを逃れるために、アマゾンにいた者は、さらに奥に移住し、日本人であることを隠して生きていたようです。

この様なことがあったため、1990年代に彼らの子孫が、日系人受入を始めた日本へ出稼ぎにいくためのビザが、日系人を証明する手段を失ったことで得られなかったようです。

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